イヴ・ボンヌフォワ『ドゥーヴの動と不動』
 「劇場」 全訳

わたしは見ていた おまえがテラスの上を駆けるのを、

わたしは見ていた おまえが風にあらがうのを、

冷気がおまえの唇の上で血を流していた。

そしてわたしは見た おまえが砕け 死者であることを喜んでいるのを

おお 白い窓硝子におまえの血で染みをつけるときの稲妻よりもさらに美しく。

 老いた夏が退屈な快楽でおまえをひび割れさせ、

わたしたちは生の不完全な陶酔を蔑んでいた。

 《むしろ 木蔦が、 とおまえは言っていた、夜の石にまとわりつく木蔦のから

まりが、出口のないプレザンス、根のない顔が。

 《太陽の爪が引き裂く幸福な窓硝子のうしろ、むしろ 山の中 死にゆくこの

村が。

 《むしろ この風が…》

わたしたちの記憶よりも強い風が問題だった、

衣(きぬ)の驚愕と岩々の叫声-そしておまえは焔の前を通り過ぎた

ひび割れた頭 裂けた手 そしてすべてが

おまえの動作に狂喜した太鼓の上で死を探し求めて。

それはおまえの胎内の光

そしておまえはついに君臨しようとしていた わたしの頭の不在者よ。

 わたしは目覚める、雨が降る。風がおまえを突き抜ける、ドゥーヴよ、わたし

のそばに眠っている樹脂の荒野よ。 わたしはテラスの上にいる、死の穴の

中に。 葉茂みの 大きな犬たちが震える。

 突然、扉の上に、おまえの持ち上げる腕が、歳月を超えてわたしを照らす。

燠の村よ、一瞬ごとにわたしはおまえが生まれるのを見る、ドゥーヴよ、

 一瞬ごとに死ぬのを。

持ち上げられた腕と回される腕が

同じ一瞬に属すのは鈍いわたしたちの頭にとってだけだ、

緑のシーツも泥のシーツも投げ捨てられて

死の王国の火だけが残る。

偉大な風が吹き込むからっぽの柱は

雨の頭をその前へ押して

この王国の入口でしかおまえたちを輝かすまい、

ドゥーヴの身振りよ、すでにのろくなった身振りよ、黒い身振りよ。

 どんな蒼光がおまえを斬るのか、地下の河よ、どんな動脈がおまえの中で

破れたのか、木霊はどこでおまえの落下を響き返すのか?

 おまえの上げるこの腕が突然開き、燃え上がる。おまえの顔が退く。濃くなっ

てゆく どんなものがわたしから おまえの視線を奪うのか? 影のゆるやかな

崖よ、死の国境よ。

 無言の腕がおまえを迎え入れる、向こうの岸の樹々たちが。

葉の中で困惑する傷ついたものよ、

だが失われる足跡の血に魅せられ、

なお生きることの共犯者よ。

わたしはおまえが闘いの果てに砂に埋もれ

沈黙と水の境でためらうのを見た、

そして最後の星たちの汚れた口が

おまえの夜の中で眠らずにいることの苛酷さをひとつの叫びで破るのを

おお かたい大気の中に突如岩のように

黒炭の美しい身振りを打ち立てて。

 突飛な音楽が始まる 手の中で、膝の中で、そして乾いた音を立てるのは

頭だ、音楽は唇の下で確立し、その確かさが顔の地下の斜面に染み込む。

 今 顔の細工が崩壊する。 今 見ることがもぎとられようとする。

昆虫たちの覆いの下、おぼろげに横顔の白い女(ひと)

そしてランプの毒で染みをつけたおまえの服、

わたしはおまえが倒れているのを見つける、

おまえの口は地上の彼方に砕けようとする河よりも上流にある。

負けることのない存在が集める取り散らかされた存在よ、

冷気の松明の中に再び捕らえられたプレザンスよ、

おお 見張り人よ いつもわたしはおまえが死んでいるのを見つける、

フェニクスを語るドゥーヴをわたしは冷気の中で監視する。

 倒れているドゥーヴをわたしは見る。肉体の空間の最も高いところでわたし

は聞く、彼女がかすかな音を立てるのを。ドゥーヴの手が広がるこの空間を横

切って 黒太子たちは顎の動きを速め、その肉から剥がれた骨は灰色の網の

目に変わり、大きな蜘蛛がそれを照らす。

世界の沈黙の腐植土に覆われ、

いきいきとした蜘蛛の糸を放射状に張りめぐらされ、

すでに砂の生成に従い

まったく粉々となったひそやかな認識よ。

むなしさの中の祭りのために飾られ

愛のためにであるように歯をむき出した、

今ここにある こらえきれぬ わたしの死の泉よ。

 倒れているドゥーヴをわたしは見る。大気の緋色の町で、そこでは木の枝々

が彼女の顔の上でぶつかりあい、木の根が彼女の身体の中に道を見いだす-

彼女は昆虫たちの甲走る喜びを、ぞっとするような音楽を放つ。

 大地の黒い歩みの速度で、荒廃し、大喜びのドゥーヴは、砂丘の硬直した

ランプと一体になる。

今夜大地によって照らされたおまえの顔、

しかしわたしはおまえの両眼が腐るのを見る

顔という言葉にはもう意味がない。

旋回する鷲たちの明るい内なる海、

それはひとつのイマージュだ。

わたしはおまえを冷たいままに閉じこめる、イマージュが最早凝固しない深み

に。

 わたしはドゥーヴが倒れているのを見る。白い断片の中、目は漆喰で囲まれ、

口は名状しがたく、手は至るところから彼女に侵入する鬱蒼とした草の中に

投げ出されて。

 扉が開く。オーケストラも終わりに近づく。すると複眼の目が、毛羽立つ胸部

が、嘴や大顎のある冷たい顔が、彼女をのみつくす。

おお 大地が釘付けになるような横顔を授かった者よ、

わたしはおまえが消え失せるのを見る。

おまえの唇の上のあらわな草と火打ち石の火花が

おまえの最後の微笑を作り出す、

深い沈黙 そこで脳髄の老いた闘獣士が黒焦げになる。

 暗い火のすみか、そこにわたしたちの傾斜は収斂する

その蒼穹の下にわたしはおまえが光るのを見る、動かぬドゥーヴよ、死の垂直

の罠に捕らえられた者よ。

 天才的なドゥーヴよ、仰向けになった者よ : 太陽の歩みに合わせ 死の

空間を、彼女はゆっくりと下層へ向かう。

谷が今 その口へ入り込む、

五本の指が今 森の偶然の中に散る、

頭から先に今 草の中を流れる、

喉が今 雪と狼の化粧をする、

目はどんな死の旅人たちの上に風を送るのか 今 その風の中 その水の中 

その冷気の中にいるのはわたしたちだ。

 どんな焔もこののち圧することのできない緻密なプレザンスよ; ひそかな冷

気を護送するものよ; 詩が引き裂かれるところに甦り 増殖する血によって生

きるものよ、

 このようにしておまえが無声の限界に現れることが、そしておまえの光が支配

する死の風景の試練におまえが耐えることが必要だった。

 おお より美しいものよ、おまえの笑いの中に湧き出る死よ! わたしは今

あえておまえに出会おうとする、わたしはおまえの身振りのきらめきを持ち続け

ている。

機会があればわたしたちの頭は冷気から抜け出す

囚人がオゾンの多いあたりを逃げるように、

けれどドゥーヴよ、一瞬にしてこの矢はまた落ちて

地上でその頭で棕櫚の葉を破るのだ。

このようにしてわたしたちは信じた わたしたちの身振りに再び魂が宿ると、

けれど拒まれた頭よ わたしたちは冷たい水を飲む、

そして死の束がおまえを飾る、

世界の厚みの中に導かれた入口よ。

訳:松村栄子